明と暗 そしてこれから
石井が「金」 塚田は「銀」
柔道の男子100キロ超級で
五輪初出場の石井慧が金メダルを獲得した。

石井は初戦の2回戦から準決勝まで4試合連続の一本勝ち!決勝ではアブドゥロ・タングリエフ(ウズベキスタン)を攻め続けて、相手に2回の指導が与えられて優勢勝ちをした。

前日まで日本の男子柔道の総メダルは66キロ級の内柴正人の金1個のみで、過去最少のメダル獲得数となることが確定していた。
女子を合わせた柔道のメダル数は計7個の金4、銀1、銅2だが、これも92年のバルセロナ五輪以降で過去最少となった。
石井は大阪府出身の21歳。2年前の全日本選手権で19歳4カ月の史上最年少優勝を飾り、今年の同選手権でも鈴木桂治を決勝で破って2回目の優勝を飾っている。

石井君はインタビューで
優勝はみんなのおかげッス。初めての五輪は畳が滑らなかったす。決勝が自分の柔道、国士舘の柔道は負けてはいけない。完ぺきに勝ちに行った。五輪のプレッシャーは、大学の先輩で日本男子監督の斉藤仁先生のプレッシャーに比べたら、への突っ張りみたいなものッス。全日本選手権覇者が負けることは日本が負けることだと耳にタコができるぐらい聞いていたス。今は遊びたい!いや練習したいッス。
となんとも天衣無縫な石井君でした。

よくよく見るとコノ顔って誰かに似てません?
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塚田号泣!残り8秒で逆転され銀
柔道女子78キロ級の塚田真希は、
決勝で世界選手権2連覇のトウ文(中国)と対戦した。
残り8秒‥背負い投げで一本負け!
連覇はならなかった。
塚田は相手の投げ技に再三耐えて、開始約1分30秒、足を払い有効を得て一度リードした。その後も指導1つを与えられてしまったが、リードを保った。残り8秒で相手に背負い投げを許した。

最後はあまり覚えていません。悔しいです。これが結果です。ちょっと今は考えられない。スミマセン。これまで悔しい思いをしていたので、自分の持っているものを出し切って勝負したかった‥出し切れたとおもいます‥と土足で上がり込むインタビューの質問に‥号泣した。

表彰式になってやっとコノ笑顔になりました!
よかったッス。
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−柴田亜衣−
亜衣惨敗アテネの女王も引退へ
競泳女子800メートル自由形予選4組で、04年アテネ五輪金メダルの柴田亜衣が8分41秒63で全体27位に沈み、まさかの予選落ちとなった。400メートルに続き精彩を欠いたまま大会を終了。進退について明言は避けたが一線を退くことが濃厚となった。
もがき苦しんだ。腕をかいても、かいても、思うようには進まなかった。連覇の夢は水泡となって消えていった。全体27位。自己記録から18秒近く遅れる惨敗だった。柴田は笑顔を作ろうと努めたが、声は震えていた。

福岡県太宰府市生まれ。3歳から水泳を始める。徳島県穴吹高校時代は水泳界でも無名に近く、目立った戦績は県高校総体で800メートル自由形で5位。鹿屋体育大に進学してから急速に力を付け、2004年アテネ五輪に出場し、800メートル自由形で堂々の金メダル。自由型での金メダルは日本の女子競泳史上初。世界選手権では2005年400メートル2位、2005年800メートル、2007年400メートル、1500メートルともに3位。レース後半の粘り強い泳ぎが持ち味で、北京でもメダルを目指していた。
「ここでベストを出すためにやってきたつもりなんですが…」 負けず嫌いで、人前で泣くことを拒んできたが、こみ上げる感情には勝てなかった。タオルで何度も顔を覆い、涙をぬぐった。痛々しかった。10日の400メートル自由形に続く予選落ち。集大成の夏は終わった。
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最後までありがとうございました。
